買書日記

家じゅうが本だらけという話をすると、全部読んでいるのかとよく訊かれる。愚問である。
読書が好きなのではなく、読みたいと思う本を買うことが好きなのである。というわけで、最近買った本の覚え書き。

メダルト・ボス『夢―その現存在分析』(みすず書房、1970年[原著1953年])
フロイト学派の精神分析家による古典的な夢研究だと思っていたが、副題が示すとおり現象学の影響を受けて書かれた書物らしい。序論にはビンスワンガーやハイデガーの名前も。
第一部はフロイトからユング現象学までの夢理論概説。第二部は夢分析実践篇。第三部「夢みる人間の現存在可能性」は表題は難しそうだが、具体的な夢の挿話的な記述。「夢の中の夢についてひとは夢の中で分析することができるということ」なんていう洒落た章題も。

夢野久作夢野久作全集8』(ちくま文庫
ドグラ・マグラ』はすごかった。読むと頭がおかしくなるというような評価は完全なノンセンス。入念に構築されたポストモダンメタフィクションとして読み直すべき傑作。
本巻は主に『ドグラ・マグラ』刊行以前に発表された短篇を収録。解説は四方田犬彦。この全集はいずれ揃える。

若宮信晴『モダン・デザイン史―クラフツマンとデザイナー』(文化出版局、1985年)
図版が大きいのが嬉しい。が、図版出典がないのはどういうことか。記述は平板だが、要領よくまとめられているという印象(100頁以下)。

小沼純一監修『あたらしい教科書 音楽』(プチグラパブリッシング、2006年)
人名事典形式の20世紀音楽の通史。ブックデザインも語り口もゆるふわなので正直期待は薄いが、全12本あるコラムはなかなか面白そう。肩肘張らずに読めて、クラシックからポップスまで一通り20世紀音楽の流れがなんとなく掴めるという意味ではいいのかもしれない。

バーバラ.H.トレイスター『ルネサンスの魔術師』(晶文社、1993年[原著1984年])
高山紹介本。Amazonには書影がないのだが、黒地にマーロウ『フォースタス博士』の題扉をあしらった表紙がかっこよすぎる。原題Heavenly Necromancers: The Magician in English Renaissance Dramaもかっこいい。
副題のとおり、内容は英国ルネサンス演劇における魔術師表象の研究。第一章は思想的背景の概説で、紹介される魔術的な哲学者・思想家をランダムに拾ってみると、ベーコン、マグヌス、デラ・ポルタ、ブルーノ、アグリッパ、フィチーノパラケルスス、ジョン・ディーなどなど、おなじみの名前がずらり。第二章はチューダー朝、スチュワート朝時代のマイナーな作品群を狩猟し同時代の魔術師像を概観、第三~六章ではそれぞれグリーン『ベーコン修道士とバンゲイ修道士』、マーロウ『フォースタス博士』、チャップマン『ビュッシー・ダンボウ』、シェイクスピアテンペスト』を分析し、第七章で一時代あとのジェイムス朝の仮面劇における魔術師を取り上げる。註と書誌がなかなか愉しそう。謝辞にロザリー・コリーの名前あり。

風間賢二編『ヴィクトリア朝空想科学小説』(ちくま文庫
英だけでなく米も。マイナー作家の作品を収録しているのが嬉しい。Grant Allenなんて最近の研究書を捲るとよく言及されているのを見かけるが、実際読んだことないし。

ユリイカ』「特集 論文作法」(青土社、2004年3月号)
ちょっとした論文コンプレックスがあるからだろうか、読みはじめたらとまらなくなってしまった。
読むに値しない犯罪的に退屈な論文が量産されていることに大学の先生方もうんざりしている、というのは院生時代に雑談なんかで聞いたこと。まったくその通りだと思っていたが、実際に書くとなると難しいもので、レポートが思うように書けないストレスで10円ハゲができたりもした。
いい論文を書くコツなんてものは、「きちんと調べる」とか「主題についてとことん考ぬく」とか「人にわかるように書く」とか、至極当たり前のことしかないことを再認識しつつ、当たり前のことを当たり前にできるのが一流の研究者なのだと思ったり。

まだまだあるが眠いので寝る。と思ってたが今日は早番なので寝たら大変なことになるので、もう少し続ける。

D.H.ロレンス海とサルデーニャ』(晶文社、1993年[原著1921年])
ロンドンで一番仲のよかった友人がサルディーニャ出身だった。
ロレンスはちゃんと読んでいないのだけれども、『チャタレイ』を読んだときは、「やさしさ」についての物語がどうして猥褻とか過激とか言われるのだろうと思ったことだ。
のびやかな文章で綴られている本書は紀行文と呼ぶにふさわしい。訳は武藤さん。
ふと思ったが、旅行記/探検記/紀行文を分けるものは何だろうか?

北田暁大嗤う日本の「ナショナリズム」』(NHKブックス、2005年)
この社会学者の本はじつは読んだことがないのだが、なんとなく優秀な人だと思っている。アイロニー/シニシズムという切り口から60年代以降の日本社会を論じた本であるらしい。ここ何年か興味を持っている80年代~90年代の記述が厚そうで、参照点もわりとなじみがあるものなので楽しみ。

渡邊昌美『異端審問』(講談社現代新書、1996年)
最近の新書は、漠然としたテーマのもと著者の退屈な意見表明に終始するものや、読者を侮ったほとんど内容のないエッセイがあまりに多いので、本書のような専門家が一般向けに書いた特定主題の概説書を手に取ると、すこし安心する。
で、異端審問だが、今のところ「モンティ・パイソン」の'Spanish Inquisition'くらいしか思い浮かばない。

今日のひとこと:
'O sweet fancy! let her loose;
Everything is spoilt by use'
John Keats, 'The Realm of Fancy' (1820)